息子の小学校卒業式と水筒とピアノ

息子の小学校卒業式と水筒 

 息子は発達障害があり5年生の秋頃から小学校にほとんど行かず、毎日フリースクールに通っていました。 

 私としては、そもそも人間は一人ひとり全然違うので発達障害とか、身体障害とか知的障害とかで区切るのではなく、出会った相手と自分が互いに学びあい、成長出来る関係性を育んでいくべきだと考えています。そのような考えに至った理由は、私の兄が不登校だったので、不登校に興味を持ち、多くのユニークな人に出会う為に単位制多部制高校(朝・昼・夜の部がある定時制高校)に入学し、様々な背景、年齢、人種、国籍、障害、病気のある人々と関わり、妻と出会い、経験を重ね、学習を続けて来たからです。 

 そのような経験から、生まれてくる子どもが何らかの障害を持って生まれてくる可能性は比較的高いと予想していました。 

 生まれてきた息子にはASDとADHDの特性があるように思われました。特徴的だったのは強い不安と恐怖感・繊細さ(アンパンマンが怖くて見られなかった)がありながら、一方で衝動的に他者に手や足が出たり、物を取ったりしてしまう事でした(小学校中学年頃までは赤ちゃんが遊んでいるおもちゃも衝動的に取り上げていた)。 

 息子の様子から、現状の普通の公立小学校に通い続けるのは困難だと思っていましたが、学校と放課後デイサービスと発達支援センターの協力もあり5年生の秋頃までは通うことが出来ていました。息子が学校に行けなくなった理由は、持って生まれた資質の影響により、同級生との関わりの中で大きなストレスを感じるようになった事、普通の小学5年生に要求される事をクリア出来なくなってきた事(特に文字の読み書き)など、総合的なストレスが息子の耐えうるキャパを超えてしまったのではないかと考えています。 

 それまでは、周囲の助言もあり、私も息子の登校を強く促していましたが、このままでは息子の精神が持たないと私が判断し、フリースクールへの通所に移行しました。 

 その時期と前後して、息子に不安発作と思われる状態が頻発するようになりました。息子の不安発作には強い吐き気が伴っていました。そして、発作時に、水を飲めば吐き気が収まるとの思い込みから、水筒を手放すことが出来なくなりました。この不安障害や脅迫観念は資質から来ている部分が大きいのではないかと私は考えています。最近は、発作はほぼ無くなりつつあります。 

 始め、私は息子が卒業式に出なくてもいいと思っていましたが、発達支援センターの方に卒業式がどんなものか知っておいた方がいいと言われ、それもそうかと思い、卒業式の練習の時間は学校に行くように息子に言いました。それまでも、月に何度か特別な授業の時などには短時間ではありましたが学校には行っていました。学校は、私達が、そんなのありなの?と思うほど柔軟に対応してくれました(これは、断続的に関係者十数名でケース会議を開いて来たからと言うのもあると思う)。 

 卒業式の3日前、担任の先生から妻に電話があり、水筒を持たずに式に出るのは難しいですか?と聞かれました。妻は、一応言ってはみますが難しいと思いますと答えました。私達はそれまで、水筒を肩にかけたまま練習に参加していることを知らなかったので、少し驚きました。 

 卒業式当日、息子は水筒を肩にかけて参加しました。水筒を肩にかけたまま、校長先生から卒業証書を受け取る姿は、非常に印象的で感慨深いものがありました。 

 息子のピアノ発表会 

 私の両親は田舎の市民オーケストラで出会いました。私と妻は高校のコーラス部で出会いました。そういった経緯もあり、子ども達にもピアノを習わせています。 

 息子は小学校1年生から習っていますが、文字などの読み書きが苦手なので、楽譜はあまり読めません。2月の終わりにあった発表会で弾いたメガロバニアと言う曲は難しい箇所があり、そのような所では私が一音ずつお手本を弾き、それを耳と目で覚えて弾けるようになっていきます。楽譜は読めないので、すべて覚えながら弾いていきます。非常に長い時間と労力をかけて練習を進めていきます。 

 この曲は、息子の性格にあった曲だと思います。私が一音ずつ教え、息子が夢中になって何度も繰り返し練習し、本番で見事な演奏をしてくれました(泣いた)。この体験は私の人生の宝物の一つです。

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