命について

 私の人生に大きな影響を与えた、いくつかの死と助かった命について書こうと思う。

 H君の死

 H君と出会ったのは中学2年の時だ。アトピーや喘息がひどく入院していて学校にはほとんど来ていなかった。私は学級委員長だったので、手紙を持っていくなどの理由で病院に時々会いに行くようになった。H君は小柄で、屈託のない笑顔でよく笑い、病院内で一緒にいろいろな遊びをしたり、話をしたりした。H君は思慮深く、話が面白く話題が尽きることが無かった。一時退院の時には家に遊びに来てもらったり一緒に出掛けたりした。しかし、中学3年のクラス替えで別のクラスになり疎遠になった。

 高校の入学式の日に、H君と思わぬ再開をした。H君も私と同じ高校に入学していたのだ。私達は再開を喜び、ほぼ毎日一緒に帰るようになった。コーラス部の活動を一緒にしたり、私の入っていた生徒会の活動を手伝ってくれたりし、親友となった。

 高校2年の春、部活紹介の冊子を作り終わった後、打上に生徒会のメンバーとH君の4人で焼き肉を食べに行った。その後、一人は自転車で帰り、私とH君ともう一人の友人は電車で帰ったのだが、途中で終電になり、歩いて帰ることにした。川沿いの暗い道をH君は右側を、私ともう一人は左側を3人とも歩き疲れて無言で歩いていた。

 「ドンッ」と大きな音がしたので、振り向いたがそこには何もなかった。なんだろう?と後ろの方を見ると道路上に何かがある。その後ろ30mほど行ったところにハザードランプを付けたタクシーが止まっていて、運転手が慌てた様子で降りてきた。え?まさか。思考はほぼ停止していた。慌てて道路上に見える何かに駆け寄った。H君は仰向けで意識を失い、両手両足が不自然な方向に曲がっていた。湿った荒い呼吸音がした。通りすがりの車の運転手が救急車を呼んでくれ、すぐに救急車とパトカー数台が来た。私と友人は救急車で一緒に病院に行った。警察が親を呼びたいから家を教えてと言うので、パトカーでH君の家まで行ったが、親は旅行でおらず、お姉さんがいたので一緒に病院に行った。お姉さんがパトカーの中で、また怪我したの?どうせ大したことないんでしょ?と言ったが、警察も私達も何も言えなかった。しばらくして、母親も旅行先から駆けつけてきた。

 私と友人は待合室で数時間座っていたが、その間一言も発することが出来なかった。午前4時ごろ、私と友人は警察に事故現場に連れて行かれ、状況を聞かれた。現場は多くの警察車両と警察関係者で騒然としていた。その後、警察署に行き事情聴取を受けた。お酒を飲まなかったか何度も聞かれたが飲んでいなかったので、飲んでいないと答えた。

 午前7時ごろ事情聴取を終え、警察が私の家に電話し、父親が車で迎えに来てくれ、友人も一緒に家に送り、私も家に帰った。私は普段、父とはフランクに会話しているが、その時は、父からの質問になぜか敬語でしか答えることが出来なかった。私は非常に動揺していた。

 きっと大丈夫。次に病院に行った時には、意識が戻っていて笑って話が出来る。そんな考えで頭の中を埋め尽くそうとしていた。何度か心停止と蘇生を繰り返し、3日後にH君は死亡した。最後の時、私はその場におり、医師が心臓マッサージをすると、鼻と口から血があふれ出していた。しばらく心臓マッサージを続けた後、医師が手を止め、死亡宣告を行った。H君の母親の悲鳴が響き渡っていた。

 H君と過ごした楽しい時間は今も心にしっかりと残っている。今でも人懐っこい笑顔で「落合く~ん」と呼ぶ声を鮮明に思い出すことが出来る。人はいつ死ぬか分からない。この時から、いつ死んでも悔いのないように生きるようになった。

 K君の死

 K君は小頭症で、意識があるのかはっきりわからず、体を動かすことが出来ず、大きくもならない。飲み込むことは出来るので、必要な栄養は口から両親や多くのボランティアのメンバーから食べさせてもらっていた。K君の親と私の親はあるボランティアで友人だった。K君の親からの依頼で、私の父が、K君がリハビリに使うためのブランコと滑り台を作った。家がマンションの11階だったのでエレベーターで運ぶことの出来なかったいくつかの大きな部品は、私と父とK君のお父さんの3人で担いで11階まで運んだ。プロジェクトXだった。

 K君は毎日ブランコと滑り台を使い、全身を動かしてもらうリハビリを行った。食事も毎日長い時間をかけて、赤ちゃんが離乳食を食べるような感じで食べさせてもらっていた。

 K君は植物が枯れるように16歳で亡くなった。体の大きさは5歳くらいの大きさだった。多くの同じ障害の子はもっともっと早くになくなる場合が多い。恐らくK君の両親は、自分たちに出来ることを普通にしていただけだと思う。しかし、そのような事を出来る人は非常に少ない。

 命とは何か?

 K君に意識があったのかは私には分からない。もちろん会話したこともない。しかし、K君とその家族が、私に問いかけてくるものは果てしなく大きい。

 先輩たちの死

 私は数年間、介護職をしていたことがある。その間に多くの利用者を見送った。年を取って寿命で亡くなっていくことは多くの場合穏やかなものとなる。

 私は、母方の祖父と祖母、父方の祖母を自宅で看取った。私たち夫婦は介護職の経験があり、母はケアマネージャーしていたこともあり、認知症となった祖母のトイレ介助、お風呂介助などはお手の物だった。子ども達も食事の介助などをたくさん手伝ってくれた。最後の呼吸を見届けた後、「お疲れさん」と声をかけた。私もこのように死にたいと思う理想の死に方だった。

 2つの自殺

 1つ目は、私が小5の時、不登校だった兄が少し行っていたフリースクールの中2の女子の自殺。

 2つ目はカルト集団にいた時、ある夫婦が来ていたが、夫だけが家に帰った後に自殺。

 人は、追い詰められ、希望を持てなくなると自殺する。

 助かった2つの命

 妻は2回心臓の手術をしている。1回目は冠静脈型心房中隔欠損と僧帽弁と三尖弁の閉鎖不全症の手術。これは問題なく終わった。

 2回目は、大動脈弁閉鎖不全症の機械弁置換術。この時、前回の手術の癒着と心臓の位置が通常より左にある事、漏斗胸の影響により、心臓に人工心肺を繋ぐ前に心臓が裂ける危険性が高く、それが起こった場合、命に係わる非常事態になると言われた。そう言われても、手術をしなければ数年で死ぬし、リスクを説明しなければいけないから言っているだけで、きっと大丈夫と言い聞かせるしかない。

 手術は8時間の予定で、途中で経過説明がある。手術が始まって、4時間後、医師が疲労困憊した様子でやってきて、心臓が裂けてしまったと告げた。心臓が裂けないように、胸骨を上から釣り上げるなど、あらゆることをしていたが、心臓のどこかが裂け、血液が出てきた。想像するに、動いている心臓が裂ければ、相当の血液が噴き出てくると思われる。何とか右心房が裂けていることを突き止め処置をし、機械弁への置換術も終わり、今から閉胸するとの事だった。

 私は頭が真っ白になった。妻は、どれくらい死に近づいたのだろうか。私の動揺は非常に大きく、帰りの電車を間違えて家とは逆方向に乗ってしまい、かなり遠くに行くまで気が付くことが出来なかった。

 次の日、意識の戻った妻に会った時、生命が大きなダメージを受け、今にも消えてしまいそうな、ろうそくの火の様に感じた。

 妻が、娘を妊娠した時、出血が続き、流産する可能性が高いので自宅で絶対安静で過ごすように言われた。すると私の父がすぐにリビングにベッドを移動してくれた。また母や私も協力し、ヘルパーさんやファミリーサポートも利用し、息子の世話や食事作りや家事全般を割り振り、娘が無事に生まれてくれるように全力を尽くした。妻は時折出血し、その度に病院に行き、肝を冷やした。多くの人の協力のもと、娘は無事に生まれてきた。みんなで娘の命を守った。そうやって、娘は生まれてきた。

※追記 2021/7/19
高校の同級生でH君と仲の良かった友人が感想を送ってくれました。
~ここから感想~


あの日の悲しい悲しい出来事。話してくれてありがとう。涙が出そう。
私にとってのあの日の始まりはメールで先生の連絡先を聞かれる内容だった。
『何か大変な事があったに違いない!!』とは思ったものの何もわからなくてもどかしかった。
次の日の学校ですぐにわかった。
でも、頭が真っ白だった。
本人に会っても受け入れられなかった。
私はまた友達を失ってしまったのか…。
受け入れられるまでの日々、毎日泣いた。
穏やかな夢をみて起きたら現実に戻って泣く。
笑顔を作ることもできない。
でも、ある日 夢の中で豪雨の後、青く晴れた空と笑い声で目が覚めた。
不思議とその日から心が軽くなった。
私を支えてくれたのは家族と、同じ思いの友達や先生が居てくれたからだと思う。
今まで知らなかった事が手に取るように分かって辛いけど、やっとわかった気がする。
私にも『Tさ~ん』ってあの人懐っこい声が 今でもよみがえる。

かなちゃん、心臓の手術、本当に本当に大変だったんだね。きっとリハビリもめちゃくちゃ大変だったんだろうね。怖くて痛くて寂しくて悲しい事もたくさんあったんだろうね。
あの時は何にも知らなかったよ…。
でも、いま側に居てくれて本当に良かったよ。本当に…。

~感想ここまで~

Tさんは、精神に持病を持ちながら、障害のある2人の幼い子どもを育ており、つい先日ガンの手術を終えたところだ。
H君、あれから20年が経ったけど、私達は相変わらず、持ちつ持たれつやってるよ。
いつか、そっちに行った時には「やあ!落合君たちの人生、最高に面白かったで!」って言ってもらえる様な気がする。

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